職種間の問題を解決し、生産性を向上させた事例として、前編では地域ゼネコンM社の営業と現場(工事監理)での会議の改善による意識変革についてご紹介いたしました。
後編では部品製造業のT社の事例をご紹介いたします。T社では製造部門内の試作部門と量産部門の部門間の連携が悪く、生産性の低さが課題でした。
部門間の連携が深まり、生産性向上につながった事例を具体的に解説いたします。
部品製造業・T社の概要
T社は中関東にある業歴約四十年の部品製造業です。
自動車関連部品、産業機器部品、医療機器部品など、超微細加工や高い精度が要求される難易度の高い製品に数多く取り組んでいます。
年商は約二十億円で、近年は後継者のいない同業他社の買収にも意欲的に取り組み、業容を拡大しています。
T社では、営業専任の担当者を置いておらず、社長と事務方の部長が既存顧客からの日常的な相談や見積もり依頼に対応しています。
T社が難易度の高い部品を得意としていることが、顧客にも浸透していることから、難しい部品については、T社に真っ先に声がかかる関係性が構築できています。
一般的に、自動車などの量産メーカーからの新たな仕事は、最初に試作品として少量を納め、取引先での開発・テスト期間を経て、量産に移行していきます。
そのため、T社の製造部門も試作部門と量産部門に分かれています。
T社の組織の変遷と課題
実は、より以前は、試作部門と量産部門が分かれておらず、量産の加工の合間に試作をやっていたことで、対応しきれない引き合いや、試作品の納期遅れが多々発生していました。
また、試作においては、新技術・新工法・新発想が求められる仕事も多く、量産とは異なるスキルを専門的に磨いていく人材が必要でした。
一方で量産では、決められた手順を確実に実行していく正確性や、同じものを大量に支障なく作り続けられる技術が必要になります。
そこで部門を分けたところ、今度は新規量産部品の立ち上げ時にトラブルが多発し、品質不良やそれに伴う作業時間や材料のロス、結果的な納品遅れ等に悩まされることになりました。
その原因を追っていくと、次のような試作・量産部門の連携不足が浮き彫りになりました。
まずひとつは、試作段階での情報、たとえば「ここはこうやったら上手くいった」などの情報が、量産部門へきちんと引き継がれていなかったことです。
もうひとつは、試作の役割として本来重要なのは、依頼を受けた部品の使用箇所、用途等を知ると同時に、顧客の求める内容を踏まえて、量産を見通した仕様変更・コスト提案をしていくことです。
しかし、部門が分かれたことにより、試作部門では顧客へ試作品を納品することのみに意識が向きがちで、その先の量産への関心が薄れていたことがわかりました。
試作は、数が少ないために、技術者が腕を振るって図面通りのきれいな一品物を仕上げることが可能です。
特に昨今では、顧客の設計や購買担当者の人手不足、知識不足もあり、必要以上に要求水準の高い仕様が図面に織り込まれ、加工のしづらさやコスト高になる場合があります。
それがそのまま量産へ引き継がれてしまうと、上記のような立ち上がりトラブルになってしまうのです。
部門の役割の再定義
そこで、T社では、各部門の役割の再定義と評価方法(部門や個人として何を達成すれば評価されるのか)の見直しを行いました。
試作では図面通りのきれいな試作品を作ることよりも、試作段階でどれだけ量産を意識した加工が検討できるか、それをいかに顧客へ提案としてあげ、図面に反映してもらうかが重要であることを明記しました。
下図のように役割を再定義したことで、両部門の意識が変わってきました。
T社の各部門の役割の再定義
<試作>
- 試作品を供給する
- 顧客のニーズに沿った技術開発
- 製造(量産)の造りやすさを図面に織り込む(提案する)
<量産>
- 図面で指定された要求水準と、数量・納期の指示に対し供給する
- 試作段階で、量産からの提案を積極的に行う
T社の各部門の役割の再定義
<試作>
- 試作品を供給する
- 顧客のニーズに沿った技術開発
- 製造(量産)の造りやすさを図面に織り込む(提案する)
<量産>
- 図面で指定された要求水準と、数量・納期の指示に対し供給する
- 試作段階で、量産からの提案を積極的に行う
現在は、量産を見据えた仕様変更や、試作・量産両部門での打合せを積極的に行っていくことで、トラブルを未然に防いでいます。
また、これに基づいた工程マニュアルの整備と標準化による不良品率の低減を図っています。
現在のT社は後継者のいない同業他社の買収に伴う、新たな組織間の連携の課題に直面しています。
M社同様に一難去ってまた一難ですが、新たな課題に向き合いながら、グループ会社間の組織シナジーや連携の在り方を模索しているところです。
両社の共通点と成功のポイント
事例で見てきました通り、職種間問題の解決には、職種間・部門間でのコミュニケーションが重要です。
もちろん、従業員それぞれのインフォーマルなコミュニケーションも重要ですが、ここでは会社としての仕組みづくり、特に、部門横断的な会議の設定や、そこでのルールづくりを中心に説明しました。
M社では、関係者が会議に集まること、目的に沿った適切な目標設定し、それを毎月管理していくことにより、関係者の対立関係が緩和され、工事一本ごとの利益や会社全体の業績改善につながりました。
T社でも、部門の在り方を試行錯誤してきた中で、各部門の役割を再定義したことで、連携が深まり、現場トラブルの減少、生産性の向上につながりました。
このように、組織や人は、自分が何を求められているのか、何で評価されるのかによって、意識や行動が変わってきます。
それを理解した上で、会社としてどのような仕組みや目標設定、評価基準を設けるべきかをじっくりと検討することが重要になります。
また、2社の事例の通り、部門間(組織間)の軋轢は完全に無くなることはありません。
特に、外的環境変化への対応や成長戦略の実現など、組織がダイナミックに動く局面においては、問題が顕在化しやすくなります。
完成形はありませんが、問題を放置せずに、丁寧な対応を継続していくことが重要です。
本記事は『近代中小企業』2023年9月号に掲載して頂きました。
「近代中小企業」
発行:中小企業経営研究会
https://www.kinchu.jp
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この記事の執筆者
澤田 兼一郎
(株式会社みどり合同経営 代表取締役/中小企業診断士)
立命館大学経済学部経済学科卒業、第二地方銀行を経て当社に入社。中小企業を中心に、経営計画や事業計画の実行性を高める、現場主義のコンサルティングを実施。
特に中小建設業、製造業の経営管理体制の構築、実行力を高めていく組織再構築等のノウハウ等について評価を受ける。
犬飼 あゆみ
(株式会社みどり合同経営 取締役/中小企業診断士)
一橋大学法学部卒業、大手自動車会社のバイヤー(部品調達)として勤務後、当社へ入社。
企業評価における事業DDのスペシャリスト。事業DDでの経営課題の洗い出しをもとに、事業計画や経営計画(利益計画&行動計画)の策定・実行支援が専門分野。