職種間の問題を解決し、生産性を向上させた2社の事例を前編・後編に分けてご紹介いたします。
今回は前編として、地域ゼネコンM社の事例をご紹介します。M社では営業と現場(工事監理)が対立しており、会社の新たな取り組みへの阻害要因となっていました。
この課題を改善に繋げたのは、「コミュニケーション」や「役割の明確化及びそれをベースとした評価」などの会社としての仕組みです。当時の状況や具体的な改善策について解説いたします。
地域ゼネコン・M社の概要
M社は、北関東にある完成工事高約二十億円の地域ゼネコンです。
もともとは公共建築に偏りがちだったM社ですが、現在は土木や民間建築を強化し、リスク分散を図ることで、安定した業績を確保しています。
M社が未だ公共建築に依存していた当時、公共事業の縮小により、業績の低迷に苦しんでいました。
そのような状況の打破に向けて、社長が会社の新たな方向性を示してみても、社員がバラバラで、一丸となって取り組めないことが、社長の悩みとなっていました。
特に、工事部門と営業部門の部署間で軋轢が生まれていました。
「赤字工事は、営業が工事の内容を詳細に検討せずに受注したからだ」と主張する工事部と、
「金額を下げなければ受注出来ない、コストダウンを図るのは工事部の責任ではないか」と主張する営業部が対立して、
互いに責任をなすりつけているような状況でした。
そこで、外部専門家の意見も踏まえてスタートしたのが、社内のコミュニケーションを活発にしていくための部門間を横断する会議です。
M社の部門間対立(両者の言い分)
<工事部>
- 営業は最初から赤字の工事を取ってくる
- 営業は積算をきっちりやっていないのではないか?
- 営業は工事内容や工事範囲、特殊要因などをきちんと把握せずに見積を提出している
- 施主の言いなりで受注金額を決めている
- 工事の赤字は全て工事部の責任にされている(社長もそう思っている)
<営業部>
- 仕事を取ってくるので精一杯。利益のことまで考えれない
- 受注競争が激しく、この金額でないと受注できない
- 工事を取った後は工事部の仕事。工事完了後どの位儲かったのか、赤字なのかは知らない(報告もない)
- 工事部のミスのせいで、営業がクレーム対応に追われている
- 営業経費については業種柄、しょうがない(ほぼノーチェック)
M社の部門間対立(両者の言い分)
会議の導入への反論
もともと、会議の実施に関しては、社長も含めて懐疑的でした。
社長自身も「必要な指示は、幹部社員を個別に呼んで行っている。厳しい話もするし、報告もさせている。以前に会議を開催していたが、皆が都合のよいことばかりを報告し、あまり意味がなかった」と話していました。
また、各部門からも「忙しい中、わざわざ集まって会議をやる必要があるのか」と否定的な意見が多く聞かれました。
しかし、その理由としては、以前の会議のやり方に、次のような問題があったことがわかりました。
そして、今度こそ、本物の会議をやろうと奮起したのです。
よくある会議の問題点
1.社長の一方通行会議
社長が一人で仕切っており、殆ど社長の発言で占められている。しかも、大きな声で怒鳴っている。
2.会議資料はあるが、報告のみで終わっている会議
次までに、「誰が」「どうするのか」というアクションプランが決められていない。
3.他部門の批判や自分の主張ばかりの会議
部分最適の主張ばかりで、誰も全体最適を考えていない。
4.だらだら長い会議
会議に遅刻する人が多い。会議中、携帯電話に出る人が多い。
5.問題解決の場になっていない会議
意見が出ない。本当問題は、裏で話し合われていたりする。
会議の目的とルールの共有
M社では、各部の部長クラスの経営幹部に集まってもらい、経営会議を開催することにしました。
会議の目的は、会社の方針(社長の思い)や経営目標の共有、それに対する課題の抽出と対応策の協議です。
社長と経営幹部が方向性を共有して、経営改善に取り組むことを目指します。
また、ここで重視したのが、各人が単に言いたいことを思い思いに発言するのではなく、共通言語として管理会計、管理指標を活用していくことです。
つまり自社の経営計画に対して、どのように進捗しているのか、どの工事でいくら儲かっているのかなどの共通認識と事実に基づき発言をしていくことです。
具体的にいうとM社では、経営計画やその管理指標として「付加価値」という指標を重視することにしました。
付加価値は、完成工事高から材料費や外注費などの外部に出ていくお金を差し引いた利益です。
これまで、営業担当者は、売上予算を達成することが第一優先で、極端な言い方をすれば工事利益は二の次といった状況でした。
会社にとって重要なのは利益を予算通り確保することで、売上高が第一優先順位ではないことを理解してもらうために、社長や経理部長から繰り返し伝え、評価の方法も見直しました。
それによって、たとえ金額の小さい工事でも、利益額や率の良い工事を優先する営業の動きにつながりました。
より極端な他社の事例(住宅工務店)では、住宅の新築工事の営業担当者の歩合給を、それまでの契約金額基準から付加価値基準に変更したところ、営業担当者の意識や仕事のやり方が大きく変わりました。
それまでは、顧客の要望事項の現場担当者への伝え忘れが原因で工事の手戻りが多く発生していましたが、現場への引継ぎがスムーズに行われるようになりました。
また、付加価値は、労務費等の固定費を配賦した売上原価を差し引いて算出する売上総利益(粗利益)とも異なります。
これまで、粗利益を意識していた現場担当者が付加価値を重視することで、以前ならば外注先に頼んでいたことを、社内で手の空いている人にお願いするなど、意識の変化につながりました。
M社の現場に従事する従業員はすべて正社員で、現場の仕事があっても無くても労務費はほぼ一定に発生します。
付加価値を基準に考えることで、外注費の発生を抑え、利益を少しでも会社に残そうという意識に変わりました。
現在、会議では一本一本の工事の状況を確認しながら、付加価値が計画より少ない時には、営業部が利益の薄い工事を受注したのか、工事部で予定工事原価をオーバーしたのかなど、付加価値未達成の原因を議論し、次に取るべき対策を検討しています。
このように、目的やルール、共通言語を共有しながら定期的に会議を行うことで、バラバラだった社員の意識が同じ方向へ向き始め、他部門への批判や、責任転嫁の発言も少なくなりました。
そして、付加価値の確保という共通目標のために、それまで公共建築偏重だった事業について、どうすれば土木や民間建築の強化につながるのかという具体策の協議が活発となり、それを全員で実行してくることにつながっています。
現在のM社
経営会議をスタートして十年以上になるM社ですが、綺麗ごと抜きでいうと、部門間の軋轢は完全に無くなることはありません。
例えば最近では、同じ工事部門内でも、建築と土木での対立が顕在化しています。
というのも、建設業における残業時間の特例措置の廃止(いわゆる2024年問題)により、建築部門と土木部門の働き方に大きく差が生じているからです。
公共発注中心の土木部門は、発注者の要請により比較的週休2日が取りやすくなってきています。
一方の民間発注が多い建築部門では休みがとりづらい状態が続いています。
そのため建築の技術者から土木に対する妬みが発生してしまうのです。
このように外部環境が常に変化していくことで、部門間の公平性を保つことには難しさがあり、それが軋轢を生むことは多々あります。
ただ、その折り合いをつけていく場が設けられていることが重要です。
現在の対応としては、丁寧なコミュニケーションを大切にしながら、建築部門の人員増員、土木部門や間接部門からの建築現場へのサポート、部門間連携のための双方部長の密なすり合わせなどを会議で話し合っています。
後編では、部品製造業の事例をご紹介します。
本記事は『近代中小企業』2023年9月号に掲載して頂きました。
「近代中小企業」
発行:中小企業経営研究会
https://www.kinchu.jp
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この記事の執筆者
澤田 兼一郎
(株式会社みどり合同経営 代表取締役/中小企業診断士)
立命館大学経済学部経済学科卒業、第二地方銀行を経て当社に入社。中小企業を中心に、経営計画や事業計画の実行性を高める、現場主義のコンサルティングを実施。
特に中小建設業、製造業の経営管理体制の構築、実行力を高めていく組織再構築等のノウハウ等について評価を受ける。
犬飼 あゆみ
(株式会社みどり合同経営 取締役/中小企業診断士)
一橋大学法学部卒業、大手自動車会社のバイヤー(部品調達)として勤務後、当社へ入社。
企業評価における事業DDのスペシャリスト。事業DDでの経営課題の洗い出しをもとに、事業計画や経営計画(利益計画&行動計画)の策定・実行支援が専門分野。