世界的な情勢不安が続くことが予測される中、中小企業がこの難局を乗り切るためには自社を取り巻く環境を見定め、脅威に先回りして対応していくことが重要です。
今回は前後編に分け、前編ではファイブフォース分析を活用しながら、特定の事業や顧客への依存、仕入先への依存状態など、自社の脅威や課題を抽出し、多様性・多層性を志向していくことの重要性を説明します。
また、後編では事例として、荒波に負けない経営の舵取りをしている地域の中小建設工事業を取り上げます。
ファイブフォース分析とは
不安定な経済状況に対応するためには、自社を取り巻く市場環境を理解し、戦略的なアプローチを取ることが不可欠です。
そのために、ファイブフォース分析は重要なツールとなります。
ファイブフォース分析は、マイケル・ポーターによって提唱された戦略的なツールです。
原則的には業界構造を分析するためのツールではありますが、一企業の競争戦略の策定においても有効です。
基本的な概念から始めましょう。ファイブフォース分析とは、競争環境を5つの要因に分解して考える手法です。
5つの要因とは、新規参入の脅威、取引先の交渉力、代替品の脅威、供給者の交渉力、競合他社との競争です。
「競争が激しければ収益性は落ち、競争が限定的なら収益性は上がる」という理論が前提となっており、収益性を上下させる競争要因を掘り下げ、どうすれば十分な収益性を確保できるか、自社の競争優位性を探ることを目的としています。
脅威分析と呼ばれますが、これらの切り口で機会的要素、つまり自社にとって追い風となるようなチャンスを見極めていくことも重要です。
例えば業界全般としては脅威ではあるものの、自社はその影響を受けないような特別な事情を有している場合、それは自社にとっては機会にもなり得ます。
ひとつずつ主な確認ポイントを見ていきましょう。
① 新規参入の脅威
最初の競争要因は新規参入の脅威です。
業界に新しい企業が参入すると、市場全体の競争が激化します。
資本要件と障壁
一部の業界では新規参入が難しいような高い資本要件や法的障壁が存在し、新規参入者が用意に市場に参入することを防ぎます。
差別化戦略
既存企業にブランド構築や技術の革新などが見られる場合には、参入障壁となります。
規模のメリット
既存企業が規模のメリットを享受し、生産効率の向上やコスト削減が実現されている場合には、参入障壁となります。
特に中小企業にとっては大手企業や海外企業の参入によって、競争環境が急変することが脅威となることから、ある程度ニッチなマーケットで自社のポジションを築いていくことが重要になります。
また、特定の顧客における新規参入、つまりライバル他社の出現は直接的な脅威となるため、日頃から顧客の購買方針や、新規口座開設の難易度などを意識しておく必要があります。
②取引先の交渉力
次に、取引先の交渉力です。
自社の顧客やその先のエンドユーザー等が強力な交渉力を持っている場合、価格設定や条件の交渉が難しくなり、その業界や企業の収益性は低くなります。
特定顧客への依存度
自社の売上等が特定の顧客に依存している場合、相手の交渉力が強くなります。
取引先の分散を考慮することが需要です。
スイッチングコスト
技術や品質などにおいて差別化を発揮しづらく、顧客が容易に他社に切り替えられる場合には、相手の交渉力が強くなります。
ここでも特定の顧客にまで深堀していきながら、顧客のニーズの変化により、自社が入り込む隙間を考えることが重要です。
例えば顧客の技術スタッフの不足や海外取引の縮小(国内回帰ニーズ)等に対して、どのような価値提案を行い、取引先との強力なパートナーシップを築いていくかを具体的に考えていくことです。
③ 代替品の脅威
同じニーズを満たす他の商品やサービスが存在する場合、顧客によって容易に切り替えられてしまう可能性があります。
これを代替品の脅威といいます。
価格競争力
代替品が価格面で競争力を持っている場合、既存企業は他の付加価値(質的な違い)で差別化を図る必要があります。
技術革新
技術の進化や新しい製造プロセスの導入が市場を変える可能性があります。
市場のトレンドを把握し、積極的な研究開発やイノベーションを行う必要があります。
代替品については、自社の製品サービスの置き換えだけでなく、主要顧客の製品・サービス自体が何かに代替されることも脅威となります。
④ 供給業者の交渉力
供給者の交渉力は、原材料やサービスを提供する企業の力量を指します。
これが高いと原材料価格の上昇や供給の不安定性が事業に悪影響を及ぼす可能性があります。
供給業者への依存度
製品・商品がほぼ独占・寡占になっている場合には、供給業者の交渉力がきわめて強くなります。
供給の安定性
供給の不安定性は企業の生産プロセスに深刻な影響を与えるため、複数の供給源を確保することがリスク管理の一環となります。
特に自社にとって代替の難しいサプライヤーに関しては、良好な関係の構築が不可欠です。
その企業の自社への依存度や後継者の有無なども把握しておきます。
また、サプライヤーから自社がどのように評価されているのか、自社の与信力についても把握しておきます。
その上で、サプライヤーにとって自社と取引するメリットを見出していくことが重要です。
例えば、新しい技術や少量であっても安定した取引、経営者の魅力などがその一例となります。
⑤ 競合他社との競争
最後に、競合他社との競争です。
競争が激しい場合、競合他社との差別化を図るために、自社の強みを理解し、戦略的なポジションを築くことが成功の鍵です。
競合企業の数・規模
業界における規制の強化や緩和などが企業の数や規模に影響します。
また、業界からの撤退障壁が大きい場合、数や規模が減らずに過当競争に陥りやすくなります。
重要なのは特定のライバルとの関係性です。
競合他社の市場シェアがどの程度か、ライバルが自社と比べて優れている点や財務状況はどうか、ライバルの戦略や動向はどのように変化しているかを把握することが重要です。
このように5つの競争要因を詳しく見ていくことで、企業は自社を取り巻く事業環境を的確に把握し、戦略的な判断を下すことができます。
またそれが不確実性の中でも持続的な成長を追求することにつながります。
M社の部門間対立(両者の言い分)
多様性・多層性の重要性
ファイブフォース分析を用いて分析した後は、そこで抽出された脅威や課題について、どのように対応していくかを考えていきます。
ここで重要な視点として、事業の多様性・多層性を志向していくということがあると思います。
コロナ禍を経験したことで、複数の事業・商品サービスの柱を持つことの重要性を多くの経営者が実感したことでしょう。
とはいえ、新しい事業や商品等を模索することはそう容易ではなく、中小企業が安易に新規事業に手を出すことは危険を伴います。
そこで、自社にとってより競争が激しくないことが予想される事業分野、もしくは既存事業とのリスク分散が図れる事業分野の検討が重要になります。
また、既存事業においても、「○○しかない」という状況、例えば特定の顧客に売上の8割を依存している、顧客が全て同一の業界に属している、特定の仕入先からしか調達できないといった状況を取り除いていくことが重要です。
そのためにもファイブフォース分析を活用していただきたいと思います。
後編では、建設業のファイブフォース分析の活用事例をご紹介します。
本記事は『近代中小企業』2024年2月号に掲載して頂きました。
「近代中小企業」
発行:中小企業経営研究会
https://www.kinchu.jp
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この記事の執筆者
澤田 兼一郎
(株式会社みどり合同経営 代表取締役/中小企業診断士)
立命館大学経済学部経済学科卒業、第二地方銀行を経て当社に入社。中小企業を中心に、経営計画や事業計画の実行性を高める、現場主義のコンサルティングを実施。
特に中小建設業、製造業の経営管理体制の構築、実行力を高めていく組織再構築等のノウハウ等について評価を受ける。
犬飼 あゆみ
(株式会社みどり合同経営 取締役/中小企業診断士)
一橋大学法学部卒業、大手自動車会社のバイヤー(部品調達)として勤務後、当社へ入社。
企業評価における事業DDのスペシャリスト。事業DDでの経営課題の洗い出しをもとに、事業計画や経営計画(利益計画&行動計画)の策定・実行支援が専門分野。