6.DCF法での割引率

前回、DCF法は将来のフリー・キャッシュフローを、時間の価値やリスクを考慮した一定の割引率で割り引いて現在価値にひき直して評価する方法であるとお話しました。今回は、この割引率について考えてみたいと思います。

キャッシュフローを現在価値に割り引くときの割引率を資本コストと呼びます。資本コストは企業が資金を調達するためのコストです。資本コストには、借入金や社債などの有利子負債のコストと、株主からの資本調達にかかる株主資本コストの2種類があります。それでは、株主資本コストと負債コストについて順番にみていきましょう。

株主資本コストは、株式投資家からみれば株式投資によって得られるリターンということになります。これには配当ももちろんありますが、株価の値上がりによるリターンも含まれます。株価は上がることもあれば下がることもあり、債権のようにリスクの小さい資産と比べてかなりのリスクがあります。ですから、投資家はハイリスクにみあった高いリターンが期待できなければ株式に投資しません。投資家が、安全な資産に投資する場合より高く要求する上乗せのリターンをリスク・プレミアムと呼んでいます。

 

ここで、架空のAという会社を想定して、A社の株主資本コストを具体的に求めてみましょう。安全な資産の代表は長期国債で、ここでは現在の10年国債の利回りを仮に1.8%とします。また、仮に、過去40年間の日本の株式市場の年平均上昇率を10%とし、同じ40年間の10年国債の利回りを3%とすると、株式市場全体のリスク・プレミアムは7%(下記計算式(1)を参照のこと)となります。A社株式のβ(ベータ値)が1.2のとき、A社株式のリスク・プレミアムは、8.4%(下記計算式(2)を参照のこと)です。(このβ値というのは、ある個別の株式が株式市場全体の動きと連動してどう動くかを表す係数で、A株式のβ値が1.2で1より大きいということは、株式市場全体より株価の変動が激しいということです。)これでA社株式のリスク・プレミアムは8.4%とわかったので、A社の株主資本コストが計算できます。A社の株主資本コストは、10.2%(下記計算式(3)を参照のこと)となります。

 

ただ、中小企業の場合は多くが未公開会社でありβ値がわかりません。この場合は、類似する上場会社のβ値を使って推定計算することになりますが、どの会社を選ぶかによってその値は大きく違ってきます。建設業の場合には、ひとくちに建設業といっても、ゼネコンもあれば住宅メーカーもありとその業態が様々ですから類似企業を選ぶときには注意しなければなりません。

 

さて、次は、同じA会社の負債コストについて考えてみましょう。A社に借入金や社債などの有利子負債の形で資金を提供する投資家にとって、そのリターンは金利です。いま、A社の有利子負債の年平均金利を5%、法人税率(実効税率)を40%と仮定してみます。この場合、A社の負債コストは、3%(下記計算式(4)を参照のこと)となります。ここで、(1 – 0.4)をかけているのは、支払利息は費用で税金を計算する前に差し引かれるので、その節税効果を考慮するためです。

以上で、A社の株主資本コストと負債コストがわかったので、A社全体の資本コストを求めていきましょう。全体の資本コストは、株主資本コストと負債コストを加重平均して計算します。これを、加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital :WACC 通称ワック)といいます。いま仮に、A社の現在の有利子負債金額(時価)が10億円、株主資本額(時価)が40億円とします。A社の株主資本コストは10.2%、負債コストは3%ですから、A社全体の資本コスト(WACC)は、8.76%(上記計算式(5)を参照のこと)となります。

 

今回は、資本コストの算定方法について考えてみました。次回は、この資本コストを使うDCF法の具体的な計算のステップをみていきたいと思います。

 

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